よくtwitterの良さを語る話を見ていて思うのだが、
「やれピザを頼んだだの、くだらない話を書いてる人もいるけど、そういう人は無視して、有益なことを書いている人だけフォローすれば良い」
みたいな話を見かけるのだが、これは大きな間違いだ。
それは冒頭で書いた、「情報を見るだけ」の人の論理だと思うが、それならtwitterなんてやらないで、まとめサイトや、最近出始めた情報のアグリゲーションサイトだけを見れば十分だ。
何故かというと「有益な情報を発信している人が、くだらない話も書いている人も少なくない」からだ。
「くだらない話も書ける」ことにこそ価値がある。
人は何の理由もなく自分の知識をアウトプットするのは難しい。ホームページやblogに求められてもないことを書くのは、かなり難しいことで、鶏が先か卵か先かと言う意味でも、「あなたがわからないことを教えましょう」と、教えたい相手が目の前にいることは重要だ。
「情報を見るだけの人」は、このプロセスがネットに存在することに興味を持たない。与えられることに慣れすぎているからなのかは知らないが、適切な情報は、誰かが勝手に教えてくれるものだと思いこんでいるのだろうか。答えだけにしか興味を持たない。
いずれにせよ、プラモデルを組み立てようとせず完成品だけを求めるのが「情報を見るだけの人」だ。こういう人を増やすことがキャズムを超えるという意味だとしたら、ビジネスには有意義だが、インターネットの目指す道としては、それだけでは明るい未来があるものではない。iPhoneみたいにお金が動けばその限りではないかもしれないが。
絵本を見ているときの子どもって、
ストーリーとはまったく関係ないところで
反応したりしますよね。
「あ、風船」「あ、にわとり」とか言ってね。
ストーリーとはまったく関係ないところで、
楽しむ才能を持ってる人たちなんです。
たとえば絵本のすみっこに、
牛が顔を出してる絵がちいさく描いてあったら、
子どもがそこを指さした瞬間に
ショートストーリーが始まって終わる、という。
大人は「ちゃんとぜんぶ読みなさい」とか言うんだけど、
彼らには彼らの流儀があるんです。
本棚から絵本を引っ張り出してきて、
1ページだけ開いて
自分の大好きな「めだか」のちいさい絵とか、
それだけを確認したら、はい終わり、みたいな。
絵本との付き合い方って
それでいいんじゃないかと思うんですよ。
「あのめだかに会いたい! あ、いたっ!」
で、本棚に戻す(笑)。
ストーリーなんかどうでもいいやと。
ぼくはね、そう思います。
かっこいい
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